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京極高通 (丹後国峰山藩主) : ウィキペディア日本語版
京極高通 (丹後国峰山藩主)[きょうごく たかみち]
京極 高通(きょうごく たかみち、慶長8年9月9日1603年10月13日) - 寛文5年12月14日1666年1月19日))は、丹後峰山藩の初代藩主。
朽木宣綱の次男。母は京極高吉の娘。京極高知の甥で養子。正室は京極高知の娘。子に京極高供(長男)、京極高昌(次男)、京極高成(三男)、娘(溝口宣知正室)、娘(柳生宗冬正室)、娘(村上正直室)。官位は従五位下、主膳正。
元和2年(1616年)、徳川秀忠小姓となり3,000石を賜う。元和8年(1622年)には丹後宮津藩主の養父高知の遺領のうち中郡1万石を分与され、旧領と併せて峰山1万3,000石を領することとなり、峰山に立藩した。峰山藩京極家は宗家の宮津藩京極家が改易に、同じ支藩である田辺藩(舞鶴藩)京極家が但馬豊岡へと転封になる中、高知が徳川家康から関ヶ原の戦いの戦功で拝領した丹後の地を、一部とはいえ廃藩置県まで守り続けた。




抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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